Top >  洛北・北山・大原

洛北・北山・大原

洛北・北山・大原

洛北・北山・大原一覧

lime.jpg

詩仙堂

詩仙堂は、江戸時代初期の文人、石川丈山が隠棲した山荘跡で、正式には詩仙堂丈山寺という曹洞宗のお寺です。徳川家康に仕えた石川丈山が、寛永18年(1641)この地に庵を結びました。 回遊式の庭は白砂とさつきの刈り込みが美しく、白砂が海を、丸く刈り込まれたサツキが山を思わせる山水画風の造りとなっています。...

三千院

延暦7年(788)に伝教大師・最澄が比叡山に庵を結び、東塔に一堂を建立したのが始まりと言われています。現在の地に移転したのは応仁の乱の終結後だそうです。 紅葉の名所として名高い三千院には有清園・聚碧園と呼ばれる二つの美しい庭園があります。ひっそりと佇む往生極楽院の周囲を囲む有清園には苔と杉が幽玄の世...

上品蓮台寺

真言宗智山派の名刹である上品蓮台寺は、船岡山の麓に立ち、千本通に面して長い築地塀が続いています。創建は大変古く聖徳太子が創建されたと伝えられています。応仁の乱で焼失した後、豊臣秀吉の帰依を受けるなどして栄え、江戸時代には子院を12ヶ寺もつ大寺院になり、十二坊とも称され、地名として残っています。現在は...

常林寺

「萩の寺」といえば、必ず名があがるほど有名な常林寺は、天正元年(1573)念仏専修僧・魯道により創建されました。当初、寺町のあたりに創建されましたが、曲折を経て現在の地に移ったと言われています。 九月半ば、瓦葺きの山門をくぐり境内にはいると萩の花で覆いつくされた見事な花の海を見ることができます。山門...

神光院

賀茂川の西岸に位置する神光院は弘法大使空海を本尊とする真言宗の古刹です。東寺、仁和寺とともに「京都三弘法」といわれ、「西賀茂の弘法さん」として親しまれています。 紅葉の名所としてはあまり知られていませんがその美しさは目を見張ります。素朴で親しみやすい雰囲気の境内をカエデの紅葉が色とりどりに包み込み、...

大徳寺 高桐院

臨済宗大徳寺の塔頭である高桐院は、慶長6年(1601)細川忠興(三斎)が父の藤孝(幽斎)の菩提を弔うために創建したといわれています。忠興は戦国時代に活躍した武将ですが、文化人あるいは茶人としても一流で、忠興とガラシャ夫人の墓石には千利休より譲り受けたと言われる石灯籠が用いられています。書院は千利休の...

大徳寺 高桐院

臨済宗大徳寺の塔頭である高桐院は、慶長6年(1601)細川忠興(三斎)が父の藤孝(幽斎)の菩提を弔うために創建したといわれています。忠興は戦国時代に活躍した武将ですが、文化人あるいは茶人としても一流で、忠興とガラシャ夫人の墓石には千利休より譲り受けたと言われる石灯籠が用いられています。書院は千利休の...

仏陀寺

仏陀寺は大蔵院と号する西山浄土宗のお寺で、平安時代に創建、朱雀・村上両天皇を開基としています。中世までは京都御苑内東南にありましたが、太閤秀吉によって現在の地に移ったと伝えられています。 本堂に安置されている本尊・阿弥陀如来坐像は鎌倉時代の作で、重要文化財に指定されています。 【住所】京都市上京区寺...

下鴨神社

京都で最も古い歴史を持つといわれる下鴨神社。正式名称は、賀茂御祖神社といいます。上賀茂神社の祭神である賀茂別雷神の祖父、賀茂建角身命と母、玉依媛命を祀っています。 賀茂川と高野川に囲まれた社域には、国宝の東西二棟本殿と53棟の社殿が建ち並んでいます。境内の南に広がる「糺の森」は樹齢200年から600...

清浄華院

浄土宗の七大本山の一つである清浄華院は、清和天皇の勅願により貞観2年(860)頃、京都御所の構内に建造されたことにはじまります。のちに、法然上人に勅授され浄土宗の寺院として発展しました。そして天正年間に豊臣秀吉によって現在の地に移されました。 清浄華院の寺宝としては陰陽師で有名になった阿倍野清明の「...

曼殊院

平安時代に曼殊院と改められ、 江戸時代明暦2年(1656)に桂離宮を造営した智仁天皇の子、 良尚法親王によって現在の地に移されました。 桂離宮の美意識を持つ、江戸時代初期の代表的な書院建築といわれています。寺宝としては不動明王像(黄不動)や古今和歌集が国宝にしてされており、本堂(大書院)、小書院、庫...

圓光寺

詩仙堂からほど近い場所にある圓光寺は、慶長年間に徳川家康が伏見に建てた学問所、足利学校分校を移転した臨済宗のお寺です。この学問所では多くの書物を刊行し、その時に使われた木製の活字5万個(重要文化財)が現在も残っており、一部を見ることができます。 圓光寺の庭園は「十牛の庭」と呼ばれ、杉苔のきれいな池泉...

金福寺

金福寺は貞観6年(864)、安恵(あんね)僧都が慈覚大師、円仁の遺志を継ぎ、創建した天台宗の寺でしたが、江戸中期に鉄舟和尚が再興し、臨済宗南禅寺派の寺となりました。当時、庵に閑居していた和尚を芭蕉が訪ねて親交が深まり、高台にある庵を芭蕉庵と言うようになりました。和尚の死後、芭蕉ゆかりの庵は荒廃しまし...

安楽寺

後鳥羽上皇の女官、松虫と鈴虫は、法然上人の説法にうたれて、弟子の住蓮と安楽にひそかに出家を願い出、出家しました。そのことが上皇の怒りにふれ、住蓮と安楽は断罪、法然は流罪となりました。法然上人は流罪から帰京し、延宝8年(1680年)その住蓮と安楽を弔うためにこのお寺・安楽寺を建立しました。 安楽寺では...

法然院

法然院は鎌倉時代初期、法然上人が弟子の住蓮・安楽と共に六時礼讃(昼夜六度にわたって阿弥陀仏を礼拝すること)を勤めた鹿ヶ谷の草庵を、江戸時代、1608年(延宝8年)萬無和尚が再興しました。 茅葺きで数寄屋造りの山門をくぐり境内に入ると白砂壇と呼ばれる砂盛りがあります。白砂壇には毎日、早朝に模様が描かれ...

詩仙堂

詩仙堂は、江戸時代初期の文人、石川丈山が隠棲した山荘跡で、正式には詩仙堂丈山寺という曹洞宗のお寺です。徳川家康に仕えた石川丈山が、寛永18年(1641)この地に庵を結びました。 回遊式の庭は白砂とさつきの刈り込みが美しく、白砂が海を、丸く刈り込まれたサツキが山を思わせる山水画風の造りとなっています。...


人気の施設はこれだ