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京都の桜の名所

京都の桜の名所

京都の桜の名所一覧

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雨宝院

 高野山真言宗の雨宝院は、弘仁12年(821)嵯峨天皇の病気平癒を空海が祈り,象頭人身の歓喜天(聖天)を祀ったことが始まりといわれています。そのことから「西陣聖天」とも呼ばれています。商売繁盛の神様として信仰されています。  さほど広くない境内には花木が所狭しと植え込まれています。山桜をはじめ、数種...

岡崎公園

明治28年(1895)に第4回勧業博覧会が開催された跡地に、市の公園として開設されました。この時、日本で最初の電車(岡崎~伏見)が走ったそうです。現在は、美術館や図書館などの文化施設や動物園があり、また近隣には平安神宮もあり、人々で賑わっています。  岡崎公園をめぐる疎水辺りは、蹴上のインクライン...

金戒光明寺

金戒光明寺は法然上人が比叡山をおりて、承安5年(1175)この地に草庵を結び、念仏道場を営んだことからはじまりました。三門、御影堂、阿弥陀堂、三重塔、塔頭などが堂々とたち並び、京都では「黒谷さん」と呼ばれ親しまれています。  古くから桜の名所で、参拝者は絶えないですが、広大な敷地を誇るお寺であるゆ...

京都御所(京都御苑)

 京都御所は、光厳天皇が元弘元年(1331)に里内裏の一つであった東洞院土御門殿を皇居と定めたものです。京都の三大祭の葵祭、時代祭の二つの行列が、御苑から出発することなどで有名です。  南北1,200m東西800mの広大な敷地の中で御所は南北44m、東西249mの広さを占めています。御苑の四方には9...

高瀬川一之舟入

 高瀬川一之舟入とは木屋町沿いを二条から伏見淀川に至る運河で、京都と大阪を結ぶ水運の要となっていました。慶長16年(1611)角倉了以によって起工され、三年後に完成しました。「舟入」とは荷物の上げ下ろしをする船溜所のことで、二条木屋町には船溜まりが復元されています。  高瀬川沿いに一之舟入から五条通...

渉成園

 真宗大谷派の本山、東本願寺の飛地境内地で、広い敷地をもつ庭園です。その周囲にカラタチ(枳殻)を植えたことから枳殻邸(きこくてい)とも呼ばれています。江戸初期、石川丈山の作庭と伝えられており、印月池(いんげつち)という池を中心にした、池泉回遊式の庭園になっています。  庭園は四季折々の草花など豊かな...

上品蓮台寺

 真言宗智山派の名刹である上品蓮台寺は、船岡山の麓に立ち、千本通に面して長い築地塀が続いています。応仁の乱で焼失した後、豊臣秀吉の帰依を受けるなどして栄え、江戸時代には子院を12ヶ寺もつ大寺院になり、十二坊とも称されていました。。現在は3院を残すのみとなっています。  広い境内に「紅八重枝垂れ桜」と...

神泉苑

 神泉苑は平安京造営と同時に造られた庭園の遺構であり、当時の物として唯一現存する貴重なものであります。現在の「御池通り」の名前の由来はこの庭園の大池、通称「御池(おいけ)」から付けられたといわれています。  延暦19年(800)に、桓武天皇が行幸されてから、歴代天皇の行楽地となり、観桜、納涼、船遊び...

千本ゑんま堂

 正式には引接寺(いんじょうじ)という名の真言宗のお寺です。平安時代、この世とあの世を行き来したといわれる小野篁が、この地に閻魔法王の姿を刻み安置したことが始まりといわれています。  毎年5月1日から4日に行われる「千本ゑんま堂大念仏狂言」が行なわれます。京都三大念仏狂言のうち、唯一せりふのある狂言...

哲学の道

哲学の道とは、銀閣寺参道に架かる銀閣寺橋から、東山山麓の若王子橋までの疎水べりの小道(約2㎞)のことで、「日本の道百選」にも選ばれている散歩道です。近代を代表する哲学者の西田幾多郎が京都大学で教鞭をとっていた時、この道を好んで散策したことから、「思索の小径」と呼ばれていたものが「哲学の道」と呼ばれ...

南禅寺

 東山に広大な敷地に佇む南禅寺は、室町時代に「五山の上」に位置したという格式を誇っている大寺院です。正応4年(1291)、亀山上皇が離宮を寺に改めたのが起こりで、臨済宗南禅寺派の総本山です。  広大な境内には、桜の見所がたくさんあります。特に有名なのが歌舞伎「山門五三桐」で石川五右衛門が「絶景かな、...

二条城

世界遺産に指定されている二条城は、慶長8年(1603)徳川家康が、京都御所の守護と将軍が上洛の際、利用する宿所として造営されました。幕末には大政奉還という歴史上貴重なことが行われた場所であり、また、建物・庭園ともに桃山文化の華やかな美が凝縮して残っております。  広大な敷地に植栽された桜木は質・量...

平野神社

 桜の名所として名高い平野神社は延暦13年(794)桓武天皇による平安遷都とともに、平城京(奈良)から現在後に移されたと伝わっております。現在の建物は江戸時代・寛永年間の再建で、本殿は春日造りと呼ばれる四棟を並べたもので平野様式呼ばれており、重要文化財に選ばれております。  境内には多品種の桜が植え...

本法寺

 本阿弥家の菩提寺で、本法寺の庭園は、本阿弥光悦作唯一の庭園〔巴の庭〕と言われ、国の名勝に指定されています。  町中にありながらあまり有名でないため、境内は人影も少ないですが春には桜の花が境内を覆い尽くし、春の華やかさを満喫することができます。桜の花が散るとまるで別の場所にきたような、静寂を取り戻し...

妙覚寺

妙覚寺は日蓮宗京都十六本山の一つです。日像聖人が開山し、永和4年(1378)に日実聖人が四条大宮の妙覚の地に創建し、後に現在の地に移転されました。  紅葉の美しさで知られている妙覚寺ですが、桜の艶やかなうす紅色も大変美しく、数は少ないですが、山桜や里桜が美しく色を奏でています。また、山門前には大き...

妙顕寺

 日蓮宗京都十六本山を総統する妙顕寺は、京都における日蓮宗最初の道場で、三具足山の一つで日蓮の高弟日朗の門下、日像が創建しました。広大な寺域に日蓮宗様式の大伽藍、光琳曲水の庭、龍華飛翔の庭、孟宗竹林の坪庭と3つの庭がそれぞれ違う趣の庭があります。  本堂の周りには「染井吉野」が咲き誇り、どっしりとし...

妙蓮寺

 本門法華宗の大本山である妙蓮寺。日蓮が立宗した法華経を日像上人が開基したことが始まりといわれています。石庭や襖絵が見もので有名ですが、近年花の寺としても脚光を浴びています。冬季の妙蓮寺椿や晩夏の芙蓉が有名ですが、桜も見逃せないです。桜木の数は少ないですが、種類は豊富で、観光客を飽きさせない魅力を持...

立本寺

 広大な境内に多くの伽藍が散在する立本寺は、日蓮宗の本山で、元亨元年(1321)日像上人によって、四条大宮の地に京都最初の道場として創建された妙顕寺竜華院が始まりといわれています。以後、立本寺と改められました。そして宝永5年(1708)現在の地に移されました。  京都の桜の名所はどこも賑わいを見せて...

六孫王神社

 清和天皇の第六皇子の子で天皇の孫にあたる源経基(六孫王)の遺骸を、六孫王の長子満仲公がこの地に葬り、社殿を建立したのが始まりといわれています。境内にある幾つかの石灯籠は、当時の諸代大名が寄進したもので、往時の盛況ぶりが偲ばれます。  春には桜が咲き誇っておりますが、人影はまばらで比較的ゆっくりと桜...

曼殊院

曼殊院は他の天台門跡寺院と同様、最澄が比叡山に建立しました。その後、平安時代に 曼殊院と改められ、江戸時代、明暦2年(1656)に桂離宮を造営した智仁天皇の子、良尚法親王によって現在の地に移されました。桂離宮の美意識が息づく江戸時代初期の代表的な書院建築といわれています。  桜の季節になると、曼殊...

平安神宮

 京都一大きい、あざやかな朱色の鳥居をもつ平安神宮は、平安遷都1100年を記念して、明治28年(1895)平安京大内裏の朝堂院を模して創建されました。桓武天皇と孝明天皇を祀っています。京都三大祭りの一つである時代祭はこの平安神宮の創建を記念して行われるようになり、ゴール地点になっています。  社殿の...

知恩院

 除夜の鐘で有名な知恩院は、承安5年(1175)法然上人が浄土宗の総本山として教えを説いた草庵にはじまりました。日本現存の木造建築の門の中で最大の三門をはじめ、数多くの建造物が建ち並び、いずれも国宝や重要文化財となっています。  大きい三門まわりの「染井吉野」や、数十段の石段を上がると広大な寺域に大...

円山公園

 京都を代表するお花見の名所である円山公園は、江戸時代までは寺院がたち並んでいましたが、明治19年(1886)京都府により公園地に指定、整備され、現在は市の管理下にあります。広大な敷地のこの公園は市内では一番古い公園とされています。  円山公園の「枝垂れ桜」は大変有名で「祇園枝垂れ桜」とも呼ばれてい...

建仁寺

 日本最古の禅寺である建仁寺は建仁2年(1202)に栄西禅師により建立されました。寺名は当時の年号から付けられています。俵屋宗達筆の「風神雷神図」(国宝)が有名です。  広い境内のあちこちに桜が咲いており、春を満喫することができます。人通りの多い四条界隈といえども桜の名所として名が知れていないためか...

高台寺

 高台寺は豊臣秀吉の正室・北政所ねねが、秀吉の菩提を弔うため、徳川家康の協力を得て慶弔11年(1606)に創建されました。臨済宗建仁寺派に属しています。境内には重要文化財の伽藍が多く点在しています。  高台寺の桜は桃山時代の豪華さを現代に伝えるかのように堂々と咲いており、人々の目を楽しませています。...

正法寺

正法寺は鑑真和尚の高弟・智威大得が最澄の協力を得て創建したものと伝えられています。応仁の乱で一度焼失しましたが、江戸初期に再興されました。色々な動物に見立てた石組を配した庭園「鳥獣の石庭」が有名です。 また、枝垂桜も有名で3月末ごろが見頃。年に1回の予定で寺宝が特別公開される。 大原野神社の大鳥居を...

観音寺(山崎聖天)

豊臣秀吉と明智光秀の天下分け目の決戦で有名な天王山の中腹に建つ観音寺は、地元の人々に「山崎の聖天さん」と呼ばれて親しまれています。建立は昌泰2年(899)寛平法皇(宇多天皇)の建立と言われています。本尊は十一面千手観音菩薩で、聖徳太子の作と伝わっています。商売繁盛に御利益があるとされ、現在でも京阪神...

西明寺

西明寺は、槇尾山と号し、高雄山・神護寺、栂尾山・高山寺と共に三尾の名刹の一つとして知られています。天長年間(824~833)に弘法大師の高弟智泉大徳が神護寺の別院として創建したことはじまるといわれています。荒廃後、建治年間(1275~1278)に自性上人によって再興されました。 紅葉で有名な高雄周辺...

周山街道

周山街道(国道162号)は、京都御室仁和寺前から京北町へ続く道をいい、紅葉で有名な高雄を通り、北山杉の美しい景色をぬけていきます。大自然の美しい風景で、京都市にもまだこんなに自然が残っているのか…とうれしくなります。その北山杉の緑の中に淡いピンクの山桜が春を教えてくれます。見事な色合いに心を奪われて...

宗蓮寺

室町時代末期、円誉上人が小堂を築いたのがはじまりといわれています。浄土宗捨世派に属し、里人の信仰をあつめてきたそうです。 北山杉で知られる中川の里にあります。そこは町中からはずれた閑静なところで、町中とは違い、静かに桜の花を楽しむことができます。色鮮やかな北山杉の緑の中に華麗に咲く山桜は何ともいえな...

常照皇寺

常照皇寺は、南北朝時代の貞治元年(1362)に光厳天皇がこの地に草庵を結ばれたことにはじまるといわれています。 北山の山深き自然に囲まれて、ひっそりと佇んでいます。国の天然記念物に指定されている「九重桜」をはじめ、御所から株分けしたといわれる「左近の桜」や「御車返しの桜」など有名な桜木があり、普段は...

常照皇寺

常照皇寺は、南北朝時代の貞治元年(1362)に光厳天皇がこの地に草庵を結ばれたことにはじまるといわれています。 北山の山深き自然に囲まれて、ひっそりと佇んでいます。国の天然記念物に指定されている「九重桜」をはじめ、御所から株分けしたといわれる「左近の桜」や「御車返しの桜」など有名な桜木があり、普段は...

原谷苑

洛北の原谷にある個人所有の約4,000坪の桜の園で、桜のシーズンのみ一般公開しています。あたり一面桜、桜、桜…で、見応えたっぷりです。特に樹齢50年の紅枝垂れ桜が百本以上あるそうで、桜のトンネルになっていてまるで桜の国にきたようです。ここにはいろいろな種類の桜があり、4月上旬~下旬辺りまで十分に桜を...

常照寺

元和2年(1616)日乾上人が開創、鷹峰檀林(仏教の学寮)と称されました。「吉野門」と呼ばれる朱塗りの山門は、天下の名妓として有名であった吉野太夫が寄進したものです。また、吉野太夫の墓や太夫ゆかりの茶室遺芳庵があります。 境内には吉野太夫を偲んで桜がたくさん植樹されており、それらは「吉野桜」と呼ばれ...

半木の道

賀茂川の東側にある京都府立植物園の中に山城の自然を残した自然林「半木(なからぎ)の森」があります。この森と賀茂川との間にある府立植物園沿いの道を「半木(なからぎ)の道」といいます。北山大橋から北大路橋までの間には枝垂桜が多く植えられており、まさに桜のトンネルができあがっています。更に北大路橋から南へ...

上賀茂神社

京都でもっとも古い上賀茂神社は、正式名称を賀茂別雷神社といいます。平安遷都以前にこの地を支配していた豪族・賀茂氏が氏神を祀ったことがはじまりで、その後天武7年(678)天武天皇によって現在の社殿の基が造営されたといわれています。   国宝の本殿、権殿を筆頭に社殿のほとんどが重要文化財に指定されている...

宝ヶ池公園

宝ヶ池公園は、江戸時代にため池として作られた周囲約1.5Kmの宝ヶ池を中心に自然林で囲まれ、その池の廻りを遊歩道を設けるなどの整備した自然公園です。春は桜やツツジ、秋は紅葉などが四季折々の美しさで訪れる人を楽しませてくれます。 広大な敷地の中に桜の森があり染井吉野が咲き誇っております。また桜並木や枝...

高野川

北山の上流から流れる高野川は、今出川辺りで賀茂川と合流し、鴨川と名前を変え、京都の中心部を流れています。その高野川沿いには見事な桜並木があり、まさに桜トンネルができあがっています。川沿いを車で走るとついつい見とれてしまいそうなほどの美しさで、普段から犬の散歩やジョギングなど、人通りが絶えない場所です...

鞍馬寺

宝亀元年(770)に鑑真和上の高弟、鑑禎(がんてい)がこの地に草庵を結んだことがはじまりといわれています。また、牛若丸が天狗に武術を教わった地として知られています。 山門は鞍馬街道に面して立っています。山門をぬけ由岐神社を越えると九十九折りとよばれる曲がりくねった急な坂が待っています。また寺院が運行...

三千院

延暦7年(788)に伝教大師・最澄が比叡山に庵を結び、東塔に一堂を建立したのが始まりと言われています。現在の地に移転したのは応仁の乱の終結後だそうです。   三千院には有清園・聚碧園と呼ばれる二つの美しい庭園があります。ひっそりと佇む往生極楽院の周囲を囲む有清園には苔と杉が幽玄の世界を造り出し、また...

三千院

延暦7年(788)に伝教大師・最澄が比叡山に庵を結び、東塔に一堂を建立したのが始まりと言われています。現在の地に移転したのは応仁の乱の終結後だそうです。   三千院には有清園・聚碧園と呼ばれる二つの美しい庭園があります。ひっそりと佇む往生極楽院の周囲を囲む有清園には苔と杉が幽玄の世界を造り出し、また...

実光院

三千院の北側に位置する実光院は、勝林院の子院として建立されました。大原の里は古くから天台声明(てんだいしょうみょう)の修行の地であり、天台声明を伝承するために建てた寺院といわれています。 ここの庭園は二つの趣の異なった庭園があります。一つ目は客殿の南側にある「契心園」と呼ばれる池泉鑑賞式庭園で、縁側...

実光院

三千院の北側に位置する実光院は、勝林院の子院として建立されました。大原の里は古くから天台声明(てんだいしょうみょう)の修行の地であり、天台声明を伝承するために建てた寺院といわれています。 ここの庭園は二つの趣の異なった庭園があります。一つ目は客殿の南側にある「契心園」と呼ばれる池泉鑑賞式庭園で、縁側...

光明寺

光明寺は熊谷直実が法然上人を開基として、「念仏三昧院」を建立したことが始まりといわれています。後に「光明寺」として改められました。 広い境内には、秋は紅葉狩り、春は花見の人々で賑わっています。広い参道には桜のトンネルでき、人々の目を楽しませてくれています。見事に咲き誇る桜の花色で境内は華やかに彩られ...

長岡天満宮

菅原道真が大宰府に左遷された際、名残を惜しんだ地として道真が自分で彫った像を祀ったことが始まりと言われています。道真が腰を掛けたといわれる「見返り岩」が残り、見返り天神とも呼ばれています。また町の人々からは天神さんと呼ばれ親しまれています。 寛永15年(1638)、八条宮智仁親王によって「八条ヶ池」...

祇園白川

 白川は北白川の山中から祇園辺りで鴨川と合流しています。ここから新橋辺り「祇園白川」とよばれる地域は石畳や御茶屋のたたずまいなど京都の風情ある町並みが残っています。このたたずまいと白川の清流、そして桜並木は京都を代表する風景といっても過言ではないでしょう。また舞妓さんと出会うこともあり、この風景に華...

清水寺

 世界文化遺産である清水寺は、宝亀9年(778)、延鎮上人が音羽の滝近くに草庵を結んだことがはじまりといわれています。今でも境内に残っている「音羽の滝」の清水で坂上田村麻呂が喉を潤し、延鎮上人に帰依したことからこの名が付いたということです。  大変有名な「清水の舞台」。そこからは京都の町が一望できま...

豊国廟

 慶長3年(1598)、63歳で生涯を閉じた豊臣秀吉の遺命によってここ阿弥陀ケ峰に葬られ、廟と社殿が建立されました。しかし、元和元年(1615)豊臣氏の滅亡と共に、廟は破壊されました。その後、明治30年、秀吉の300年忌に際し廟宇が再建され、山上には巨大な五輪石塔が建てられました。  豊国廟へは、5...

養源院

 三十三間堂の東向かいに位置する養源院は文禄3年(1594)豊臣秀吉の側室、淀君が父・浅井長政の菩提のを弔うため秀吉に願い建立しました。その後、焼失してしまいましたが、元和7年(1621)、淀君の妹である徳川秀忠夫人が伏見城の中御殿を移構して再興しました。  桜の季節になると参道の左右に見事な枝垂れ...

山科疎水

 山科にある疎水は、琵琶湖疎水の一部で大津から蹴上を通り京都市街へと続いています。明治23年に完成しました。現在、疎水に沿って遊歩道が整備され、そこには桜が約800本も植えられており、見事な桜並木が続いています。水面では桜の花びらがゆれて風情を盛り上げています。桜の季節にはたくさんの人が訪れています...

大石神社

 大石内蔵助ら四十七士を祀っている社で、昭和10年に建立されました。宝物殿には大石ゆかりの品々が展示されています。毎年12月14日には「義士祭」が行われることで有名です。  春には大石桜と呼ばれている「枝垂れ桜」の大樹が満開に咲き、大空から手に届く所まで花を咲かせるその姿は雄大で惚れ惚れします。参道...

勧修寺

 昌泰3年(900)醍醐天皇が生母の菩提を弔うため、外祖父藤原高藤邸跡に寺院を創建し、その諡号をとって勧修寺としました。その後、焼失しましたが、徳川家と皇室の援助で再興されました。  氷室池庭園を中心に四季を感じることができる庭園があります。春にはそこに「染井吉野」が咲き誇り庭園をもり立て、華やかさ...

醍醐寺

 世界文化遺産である醍醐寺は、貞観16年(874)開祖は聖宝(しょうぼう)・理源(りげん)大師で、山の山頂に准胝観音と如意輪観音を祀ったことが始まりといわれています。  笠取山全山が寺の境内になっているお寺で、山上の「上醍醐」と山裾の「下醍醐」に分かれています。「上醍醐」は薬師如来を安置する薬師堂(...

城南宮

 古くから方除けで名高い城南宮は、平安遷都にあたり都の南に守護神として創建されたといわれています。平安時代の末期に、白河上皇がこの地に壮大な鳥羽離宮を造り院政をしいた際には、城南宮は離宮の鎮守社として崇められました。  現在は方除けだけでなく、花の名所としても有名で、社殿を取り囲むように広がる神苑は...

墨染寺

 寺名にもなっている「墨染」とは境内に咲く墨染桜からつけられており、見事な桜の花を咲かせることから「桜寺」の別名も持っています。平安時代の歌人、上野岑雄(かんつけのみねお)が藤原基経の死を悲しんで、「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨色に咲け」と詠んだところ、桜がその心に応えて薄墨色の花を咲かせ...

長建寺

 八臂の弁財天を本尊とする真言宗醍醐寺派のお寺です。中国風の赤い竜宮門がひときわ目立つ長建寺は一般に「島の弁天さん」として親しまれています。元禄12年(1699)、中書島開拓の際、伏見奉行の建部政宇が深草大亀谷の即成就院から分離して創建したと伝わっています。  弁財天が本尊というだけあってか、華やか...

背割堤

 木津川と宇治川を分ける約1.3kmの堤防で、下流に細く長く伸びており、その堤防沿いの両側に桜の木が植樹されて、見事な桜並木が続いています。堤防の上はまさに桜のトンネルです。芝生の広場もあり、家族でお弁当を持ってお花見に最適といえるでしょう。また、桜祭りも行われており、大変賑わっています。  この堤...

平等院

 平等院は、平安時代の後期、1052年に藤原頼道が、父道長の別荘「宇治殿」を寺院に改めたものです。十円硬貨に見られる鳳凰堂(国宝)は、その翌年に阿弥陀堂として建てられ、仏師・定朝の作になる阿弥陀如来像(国宝)が安置されました。その後、法華堂、五大堂、経堂、宝蔵、多宝塔などの堂舎も整備され、それらはす...

龍安寺

 臨済宗妙心寺派の名刹である龍安寺は、徳大寺家の山荘を譲り受けた官領細川勝元が、宝徳2年(1450)妙心寺の義天玄承を開山として創建されました。  応仁の乱で焼失後、長享2年(1488)勝元の子政元が再建しましたが、寛政9年(1797)火災で方丈・仏殿・開山堂を焼失しました。現在の方丈は塔頭の西源院...

妙心寺 退蔵院

 妙心寺の塔頭の一つである退蔵院は、数ある京都の庭園の中でも名園ともいえるでしょう。応永11年(1404年)波多野出雲守重通が帰依して建立した寺院です。独特の趣をもつ庭園は室町時代の画家、狩野元信が作庭した枯山水の庭で、絵画的な構成で造られた庭園は「余香苑」と呼ばれ、史跡名勝に選ばれています。余香苑...

仁和寺

 仁和2年(886)光孝天皇の勅願により起工され、2年後、その遺志を継いだ宇多天皇によって完成した真言宗御室派の総本山です。以後、格式高い門跡寺院として栄え、代々皇族が法親王として住持したことから別名御室御所とも呼ばれました。  境内には、京都御所の紫宸殿を移築した国宝の金堂、重要文化財の二王門、中...

法金剛院

 平安時代初め、右大臣・清原夏野が山荘を建て、死後、双丘寺と称したことが始まりといわれています。のちに文徳天皇が大きな伽藍を建てて天安寺とし、さらにのち、大治5年(1130)鳥羽天皇の中宮・待賢門院が再興し法金剛院としました。その後、鎌倉時代、円覚上人が更に復興し、現在に至っているそうです。  JR...

車折神社

 車折神社(くるまざきじんじゃ)は平安時代末期の学者、清原頼業を祀っています。古くは「桜の宮」と呼ばれていたそうですが、後嵯峨天皇が社前を通りかかった際に、御車のかなえが折れたことから、神威を恐れてこの名がついたといわれています。  この神社は5月第3日曜日に大堰川(おおいがわ)で王朝の船遊びを再現...

広沢の池

 永祚元年(989)、宇多天皇の孫・寛朝僧正がこの地に遍照寺を建立した際、造られたと言われています。月の美しい場所として有名で、辺りにはその風景を遮るような近代的な建物は無く、時代劇の撮影にもよく使われています。また、春先に放した鯉を12月に収穫する「鯉揚げ」も有名でここの鯉は市内の料亭などに卸され...

大沢池(大覚寺内)

 日本最古の池庭と言われている大沢池は、大覚寺の東側に位置し、中国の洞庭湖を模して造られたといわれています。観月の名所として有名な場所で、国の名勝に指定されています。  池の畔には、「染井吉野」咲き誇り、嵯峨野の景観を見事に造り上げています。時代劇の撮影にもよく使われ、桜の季節はこの見事な風景を見に...

二尊院

 承和年間(834~847)に嵯峨天皇の勅願により創建されました。本堂に釈迦如来と阿弥陀如来の二体を本尊として収めていることから、この名が付けられたといわれています。この二尊は国の重要文化財に指定されています。  総門をくぐると、「紅葉の馬場」と呼ばれる石を敷き詰めた広い参道があり、紅葉の季節には人...

嵐山

 標高375mの嵐山を中心としてその周辺一帯を嵐山と呼んでいます。嵐山の中心部を流れる桂川にかかる渡月橋は嵐山の象徴になっており四季折々楽しませてくれる景観には欠かせないものとなっています。景観だけでなく亀岡からくる保津川下りの終点としても有名で夏には鵜飼いが行われており、京都の観光名所として名高い...

天龍寺

 臨済宗天龍寺派の大本山で、京都五山の第一位という格式を誇る天龍寺は、京都屈指の名刹で、世界文化遺産に指定されています。  暦応2年(1339)吉野で亡くなった後醍醐天皇をの菩薩を弔うため、天皇の離宮、亀山殿があったところに、足利尊氏が夢窓国師を開山として建立した寺です。尊氏は建立の際、資金調達のた...

勝持寺

 白鳳8年(680)天武天皇の勅によって役行者が創建したのが始まりと言われています。延暦10年(791)桓武天皇の勅により最澄が伽藍を再建させました。応仁の乱で荒廃してしまい、現在の建物は、天正年間に再建されたものです。  この寺が「花の寺」として呼ばれるようになったのは、平安末期にこの寺で出家した...

大原野神社

 延暦3年(784)に桓武天皇が都を長岡京に遷した際、皇后であった藤原乙牟漏が藤原氏の氏神である奈良の春日大社の分霊を大原野に移し祀ったのがはじまりと言われています。めずらしいことにここの神社には狛犬…ではなく「狛鹿」がいます。訪れた際にはこの狛鹿も見てみて下さい。  交通の便が余り良くないせいか、...

善峯寺

 長元2年(1029)、源算上人によって創建されたと言われています。長元7年(1034)、後一条天皇から「良峯寺」の寺名と賜り、国家鎮護の勅願所と定められたそうです。しかし応仁の乱でほとんどを焼失し、現在の本堂をはじめ諸堂の多くは徳川五代将軍綱吉の母桂昌院の帰依によって再建されたものです。境内にある...


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