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京都の紅葉の名所

京都の紅葉の名所

京都の紅葉の名所一覧

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京都御苑

 明治維新までは天皇の住まいがあり、京都の三大祭の葵祭、時代祭の二つの行列が、御苑から出発することなどで有名です。  南北1,200m東西800mの広大な敷地の中に御所は南北44m、東西249mの広さを占めます。御苑の四方には9つの門があり、京都御苑内は自由に散策できます。65万㎡の敷地の中に約1万...

護王神社

 京都御苑蛤御門の烏丸通り西向かいにある護王神社は、平安遷都に深く関わった和気清麻呂と広虫姫を祀っている。拝殿の頭上に黄金色に輝く巨大なイチョウが参拝者を迎えてくれる。赤い紅葉と違い黄金色に輝くイチョウはひと味違うスポットである。  イチョウの他に喘息封じのカリンが京都市名木百選に選ばれている。また...

清浄華院

あまり有名なお寺ではないが、観光寺ではないので人も少なく静かに紅葉を楽しめる。 陰陽師で有名になった阿倍野清明の泣不動縁起絵巻などがある。特別拝観時に予約なしで拝観できるが、普段は予約が必要である。 【住所】京都市上京区寺町広小路上ル北ノ辺町395 【交通】京阪・叡電 出町柳駅より 徒歩十分  JR...

梨木神社

 参道両脇にたくさんの萩があり、萩の名所として有名であるが紅葉も格別である。初秋に萩が咲き晩秋に紅葉が色づく。  京都3名水のひとつに数えられる染井の水があり、近所の方々が自転車などで汲みに来られる。 【住所】京都市上京区寺町広小路上ル染殿町680 【交通】京阪・叡電 出町柳駅より 徒歩10分  J...

廬山天台講寺

 廬山寺は、紫式部の曽祖父の堤中納言が建てた邸宅跡に建てられた寺である。紫式部はここで成長し、結婚後もここで生活し一人娘を育てとと言われている。源氏物語など紫式部の作品は殆ど此処で執筆された。  源氏の庭と言われている苔と桔梗の庭が有名で6月頃が見頃である。紅葉は色づく木が少ないが、土塀との組み合わ...

賀茂御祖神社(下鴨神社)

 世界遺産にも登録されている、賀茂御祖神社の参道は約3万5千坪の広さをもつ糺の森の中を縦断していく。糺の森は京都の町中に名残をとどめている原生林とされ、国史跡に指定されており、この森を散策する付近の住民も多い。また、毎年1月4日には「蹴鞠」、5月3日には「流鏑馬」、5月15日には「葵祭」が行われる。...

上御霊神社

 桓武天皇の弟、崇道天皇(早良親王)を祀った神社です。本殿の東側一帯はかつて「御霊の森」と呼ばれた広大な森林がありました。いまもその面影を残す大木があり、その中のイチョウの葉が木枯らしに吹かれ、黄色の絨毯をひいたようになります。また、その森は応仁の乱勃発の地であり、境内に石碑があります。 【住所】上...

本法寺

本阿弥家の菩提寺で、本法寺の庭園は、本阿弥光悦作唯一の庭園〔巴の庭〕 と言われ、国の名勝に指定されています。町中にありながらあまり有名でないため、境内は人影も少ないですが春に境内を覆い尽くす桜の木が、秋になるとその桜葉が色づき 春の華やかさとは違い、侘びた風情があります。 【住所】京都市上京区小川...

妙覚寺

妙覚寺は日蓮宗京都十六本山の一つです。日像聖人が開山し、永和4年(1378)に日実聖人が四条大宮の妙覚の地に創建し、後に現在の地に移転されました。 庭園は一面杉苔に覆われた平庭に、楓が植えられ、その配置は無作為に植栽されたような雰囲気なのですが、苔の緑と楓の紅が創り出すコントラストが時が経つのを忘...

妙顕寺

日蓮宗京都十六本山を総統する妙顕寺は、京都における日蓮宗最初の道場で、三具足山の一つで日蓮の高弟日朗の門下、日像が創建しました。 広大な敷地に立つ雄大な本堂の西側に石畳の道が続きます。並木上に植え込まれた楓は秋に紅葉のトンネルになります。また、光琳曲水の庭、龍華飛翔の庭、孟宗竹林の坪庭と3つの庭が...

東本願寺

真宗大谷派の本山で真宗本廟といい、西本願寺と区別して一般に東本願寺と呼ばれており、お東さんの愛称で慕われ全国からの参詣者が絶えません。 創建は慶長7年(1602)徳川家康は本願寺の力を恐れ、教如上人に本願寺の東に寺地を与え、全国の門徒を二分させたのが東本願寺の始まりです。 京都駅から烏丸通りを北上...

三室戸寺

今や京都を代表する花の寺として知られる三室戸寺は、宝亀年間770年頃に光仁天皇によって建立されたと伝えられています。現在、西国三十三ヶ所10番札所として定着し、今もなお、巡礼姿の参拝客をみかけます。境内には本堂の向かって右側に源氏物語/宇治十帖浮舟の碑石が有ります。 広大な庭園のあちこちに紅葉が見...

興聖寺

興聖寺は曹洞宗のお寺で道元禅師を開祖としています。天福元年に伏見深草に建てられたのですが戦乱で廃絶し、慶安元年、当時の淀城主、永井尚政によって、現在の場所に再興されました。自然豊かな参道は、脇を流れる谷川のせせらぎが琴の音のように聞こえることから「琴坂」とよばれています。 京都の自然200選に挙げ...

浄瑠璃寺

浄瑠璃寺は、薬師仏とそれをまつる三重塔、阿弥陀如来像九体を横一列に祀った阿弥陀堂、宝池を中心とした庭園が平安時代のまま揃って残っている唯一の寺です。1047年(永承二年)義明という上人が、薬師如来を本尊とし再建したといわれています。九体の阿弥陀如来像、本堂とも国宝に指定されています。 三重塔から望...

曼殊院

曼殊院は他の天台門跡寺院と同様、最澄が比叡山に建立しました。その後、平安時代に 曼殊院と改められ、江戸時代明暦2年(1656)に桂離宮を造営した智仁天皇の子、 良尚法親王によって現在の地に移されました。桂離宮の美意識が息づく江戸時代初期の 代表的な書院建築といわれています 大書院前に広がる枯山水の...

圓光寺

詩仙堂からほど近い場所にある圓光寺は、慶長年間に徳川家康が伏見に建てた学問所、足利学校分校を移転した臨済宗のお寺です。我が国初の印刷機が残ることでも知られています。 秋が本番をむかえると、池泉回遊式の庭園「十牛の庭」は、スギ苔の緑深い庭園から一転、カエデが色づき別天地となります。また、場所を変え、...

詩仙堂

 詩仙堂は、江戸時代初期の文人、石川丈山が隠棲した山荘跡で、正式には詩仙堂丈山寺という曹洞宗のお寺です。徳川家康に仕えた石川丈山が、寛永18年(1641)この地に庵を結びました。回遊式の庭は白砂とさつきの刈り込みが美しく、洗蒙瀑(せんもうばく)という小滝が作る池の周りには、藤、花菖蒲、杜若、紫陽花、...

金福寺

金福寺は貞観6年(864)、安恵(あんね)僧都が 慈覚大師、円仁の遺志を継ぎ、創建した天台宗の寺でしたが、 江戸中期に鉄舟和尚が再興し、臨済宗南禅寺派の寺となりました。当時、庵に閑居していた和尚を芭蕉が訪ねて親交が深まり、高台にある庵を芭蕉庵と言うようになりました。和尚の死後、芭蕉ゆかりの庵は荒廃...

哲学の道

哲学の道とは、銀閣寺参道に架かる銀閣寺橋から、東山山麓の若王子橋までの疎水べりの小道(約2㎞)のことで、「日本の道百選」にも選ばれている散歩道です。近代を代表する哲学者の西田幾多郎が京都大学で教鞭をとっていた時、この道を好んで散策したことから、「思索の小径」と呼ばれていたものが「哲学の道」と呼ばれ...

白沙村荘

哲学の道の桜並木の創始者である日本画家、橋本関雪の邸宅兼アトリエを記念館として公開したものです。銀閣寺への参道沿いにあり、あたりは車や観光客で混雑していますが、一歩庭園に入ると、別世界にきたような閑寂な雰囲気に、とまどう間もなくその世界に入り込んでしまいます。 池泉回遊式庭園で静かに四季折々の美し...

法然院

鎌倉時代初期、法然上人が弟子の住蓮・安楽と共に六時礼讃(昼夜六度にわたって阿弥陀仏を礼拝すること)を勤めた鹿ヶ谷の草庵跡で、江戸時代、1608年(延宝8年)萬無和尚が再興しました。 参道を彩る紅葉林、趣のある茅葺の山門をくぐると、両側には白い盛り砂の白砂壇があり、その周りを黄色や赤で彩る紅葉は人々...

安楽寺

後鳥羽上皇の女官、松虫と鈴虫は、法然上人の説法にうたれて、弟子の住蓮と安楽にひそかに出家を願い出、出家しました。そのことが上皇の怒りにふれ、住蓮を安楽は断罪、法然は流罪となりました。法然上人は流罪から帰京し、延宝8年(1680年)その住蓮と安楽を弔うためにこのお寺を建立しました。 秋が本番を迎える...

金戒光明寺

金戒光明寺は法然上人が比叡山をおりて承安5年(1175)、この地に草庵を結び、念仏道場を営んだことからはじまりました。三門、御影堂、阿弥陀堂、三重塔、塔頭などが堂々とたち並び、京都では「黒谷さん」と呼ばれ親しまれています。 参拝者は絶えないですが、広大な敷地を誇るお寺であるゆえか、人影はあまり目立...

永観堂

永観堂は正式名称を「禅林寺」といいます。平安時代初期、空海の弟子、真紹僧都によって創建されました。後に永観律師が入寺し、浄土念仏を唱えたことから、永観堂の名が広くいきわたったといわれています。 「モミジの永観堂」として有名な名所です。3000本以上あるといわれる紅葉、負けじと輝くイチョウの金色はほ...

南禅寺

東山に広大な敷地に佇む南禅寺は、室町時代に「五山の上」に位置したという格式を誇っている大寺院です。正応4年(1291)、亀山上皇が離宮を寺に改めたのが起こりで、臨済宗南禅寺派の総本山です。 広大な境内には、紅葉の見所がたくさんあります。特に有名なのが三門周辺のカエデの紅葉。参道から三門を超えて境内...

天授庵

天授庵は南禅寺を開山した大明国師の塔所です。現存の建物は慶長7年(1602)細川藤孝(幽斎)により再建されたものです。 南禅寺三門のすぐそばにある天授庵。三門あたりは人々で賑わうが、一歩庭園に入ると物静かでゆっくりと庭園を散策することができます。境内の中にはいくつもの庭園があります。その中でも方丈...

南禅院

南禅寺の別院で、南禅寺発祥の地といわれている寺院です。応仁の乱で荒廃していたが、元禄16年(1703)に徳川綱吉の母、桂昌院によって再建されました。 南禅寺境内の南奥、明治時代の建造物、水路閣をぬけるとたどり着く南禅院。庭内には、数本のカエデしかありませんが、見事に色づき、緑と赤のコントラストを楽...

知恩院

除夜の鐘で有名な知恩院は、承安5年(1175)法然上人が浄土宗の総本山として教えを説いた草庵にはじまりました。日本現存の木造建築の門の中で最大の三門をはじめ、数多くの建造物が建ち並び、いずれも国宝や重要文化財となっています。大きい山門をくぐり数十段の石段を上がると広大な寺域に大伽藍が広がります。そ...

日向大神宮

日向大神宮は三条蹴上より坂道を15分ほど登る、または南禅寺の南側に位置しており、水路閣に上がり疎水沿いに進んだインクライン(傾斜鉄道)から石橋をわたる行き方もあります。顕宗天皇時代に筑紫日向の高千穂の神蹟を移したのが始まりといわれています。 ここは、隠れた紅葉の名所です。秋本番、観光客で賑わう華や...

将軍塚大日堂

 将軍塚大日堂は、東山にある青蓮院門跡の飛び地境内で、名の通り、中には「将軍塚」という名の塚があります。その塚は平安建都に際して桓武天皇が、都の鎮護を願って、将軍「坂上田村麻呂」の弓を引いている像に甲冑を着せて埋めたと伝えられています。  展望台からの京都市内の夜景がきれいなことで有名でありますが、...

養源院

三十三間堂の東向かいに位置する養源院は文禄3年(1594)豊臣秀吉の側室、淀君が 父・浅井長政の菩提のを弔うため秀吉に願い建立しました。その後、焼失してしまいましたが、元和7年(1621)、淀君の妹である徳川秀忠夫人が伏見城の中御殿を移構して再興しました。 参道から境内へと続く紅葉。赤く染まる参道...

今熊野観音寺

今熊野観音寺は平安時代、嵯峨天皇の勅願により弘法大師が創始されたという説と空海が熊野権現の霊示をうけこの地に庵を結んだことにはじまる、など創始にまつわる話にはいろいろと説があります。西国三十三所第十五番霊場で、厄除開運の寺として知られています。 東山の山麓にあるため、高低差のある境内は紅葉の景観に...

泉涌寺

東山三十六峰のひとつ、月輪山の麓にたたずむ泉涌寺は、天長年間に空海がこの地に庵を結んだことが始まりといわれています。その後、健保6年(1218)月輪大師がこの地に大伽藍を建立した際、寺地の一角より清水が涌き出た事からこの名がついたということです。この泉は今も枯れる事なく涌き続けています。 皇室ゆか...

雲龍院

皇室と縁の深い泉涌寺の少し奥にある雲龍院はその泉涌寺の塔頭です。創建は応安5年(1372年)後光巌天皇によるといわれています。その後、焼失や倒壊を繰り返し、現在の本堂は後水尾天皇の援助のもと、再建されたものであります。 観光都市内にあるとは思えない静寂な庭園は、見事に手入れをされ、雅な世界を造って...

東福寺

東福寺は京都五山のひとつです。鎌倉時代の摂政、関白九条道家が、20年もの歳月を費やして、巨大な伽藍と塔頭を完成させました。それがこの東福寺です。 京都の紅葉名所の代表というべき東福寺。山内のカエデは2000本にいたると言われています。本堂と開山堂を結ぶ通天橋からの眺めはまさに紅葉の海、迫力満点です...

勧修寺

昌泰3年(900)醍醐天皇が生母の菩提を弔うため,外祖父藤原高藤邸跡に寺院を創建し、その諡号をとって勧修寺としました。その後、焼失しましたが、徳川家の援助で再興されました。  氷室池庭園を中心に四季を感じることができる庭園。しかしまだ、紅葉に関してはあまり知られていません。山科は市内北区に比べ、温...

毘沙門堂

毘沙門堂は、大宝3年(703)行基によって出雲路に創建されたと言われています。その後、焼失し、現在の山科へは寛文5年(1665)に天海・公海僧正によって移されました。さらに後、公弁法親王が入寺して、門跡寺院となりました。 優美な門跡寺院の建造物と、自然豊かな緑、そこに紅葉の紅が加わり、織りなす景色...

常照皇寺

常照皇寺は、南北朝時代の貞治元年(1362)に光厳天皇がこの地に草庵を結ばれたことにはじまるといわれています。北山の山深き自然に囲まれて、ひっそりと佇んでいます。桜で有名な場所ですが、秋の紅葉も優美で、遠方からの参詣者たちの心を虜にすること間違いないでしょう。混雑する京都中心部から足をのばして、静...

岩戸落葉神社

 岩戸社と落葉社の二社からなっています。岩戸社はもと小野上村の氏神、落葉社はもと小野下村の氏神であったといわれています。落葉社は「墜川神社」がいつからか転じて、「落葉神社」と呼ばれるようになりました。  晩秋、木枯らしが吹き荒れると、銀杏の黄葉が境内一面を敷き詰めます。銀杏の木は数本しかないですが、...

神護寺

 天長元年(824)に和気清磨呂が河内にあった神願寺とこの地にあった高雄山寺を合併して、現在の名、神護寺と称したのが始まりと言われています。また、唐から帰朝した空海が14年間住持を勤めたことでも知られています。    高雄にある神護寺は京都を代表する紅葉の名所です。神護寺の周りは自然に囲まれており、...

光悦寺

 一族や工芸職人を率いて移り住み、「芸術村」を営みました。光悦の死後、その芸術村跡地に創建されたと言われています。  カエデで覆われる境内には、「大虚庵」をはじめ、「三巴亭」、「了寂軒」など、茶室が点在しています。 太虚案前にめぐらされている竹の垣根は、「光悦垣」と呼ばれ、とても情緒あふれる日本の風...

しょうざん

 江戸時代初期、本阿弥光悦が鷹ヶ峰に芸術村を開きました。そのふもとを流れる紙屋川の渓流沿いにある、35,000坪もの敷地をもつ庭園(複合施設もあります)。  広大な敷地には四季それぞれに美しく、花が絶えることはありませんが、特に紅葉の時期には、まぶしほどの赤と北山杉の緑が溶け合って、日本の美の世界を...

源光庵

 貞和2年(1346)、臨済宗大本山大徳寺二代徹翁国師により隠居所として開創されたものといわれています。のちの元禄7年(1694)加賀国大乗寺二十七代曹洞宗復古道人の卍山道白禅師が曹洞宗に改宗し、再興されたものです。現在の本堂はその時に建築されたものです。  静寂の中、凛とした清潔感が漂う境内に入る...

高雄

 京都市西北部の渓谷に位置している高雄。高雄の清滝川上流の渓谷を彩る紅葉は日本をを代表する紅葉の名所です。古くから和歌にも詠まれてきました。  高雄の地形は複雑な渓谷地形であるため、日照時間が違い、紅葉は様々な変化に富んでいます。また、その地形から、一ヶ月近く紅葉を楽しむことができます。北山杉の緑と...

常照寺

 元和2年(1616)日乾上人が開創、鷹峰檀林(仏教の学寮)と称されました。「吉野門」と呼ばれる朱塗りの山門は、天下の名妓として有名であった吉野太夫が寄進したものです。また、吉野太夫の墓や太夫ゆかりの茶室遺芳庵があります。  紅葉で有名な光悦寺や源光庵の並びにありますがここは観光の方は少なく静かに紅...

神光院

 賀茂川の西岸に位置する神光院は弘法大使空海を本尊とする真言宗の古刹です。東寺、仁和寺とともに「京都三弘法」といわれ、「西賀茂の弘法さん」として親しまれています。  紅葉の名所としてはあまり知られていませんがその美しさは目を見張ります。素朴で親しみやすい雰囲気の境内をカエデの紅葉が色とりどりに包み込...

高桐院

 臨済宗大徳寺の塔頭である高桐院は、慶長6年(1601)細川忠興(三斎)が父の藤孝(幽斎)の菩提を弔うために創建したといわれています。書院は千利休の邸宅を移築したものであり、茶室「松向軒」は秀吉が北野で大茶会を催したときの茶室を移築したそうです。  高桐院の紅葉が色づき始めるのは市中の数ある紅葉名所...

蓮華寺

 応仁の乱で荒廃した古寺を、寛文2年(1662)に加賀藩の家老、今枝近義が洛中からこの地に移し再興したといわれています。紅葉の名所として近年注目を集めている蓮華寺。市街地からは少しはずれており、規模もさほど大きくないですが、ここの庭園は期待を裏切りません。  庭園は建物内から見る趣向となっております...

小町寺

 小町寺は正式には「補陀洛寺(ふだらくじ)」と言います。小野小町終焉の地として知られ、天徳3年(959)に創建されたといわれています。通称「小町寺」という名が付くだけあって、この寺には小野小町の晩年からその死後にまつわるさまざまな言い伝えが残っています。  姿見の井戸や亡骸から生えたといわれるススキ...

鞍馬寺

 宝亀元年(770)に鑑真和上の高弟、鑑禎(がんてい)がこの地に草庵を結んだことがはじまりといわれています。また、牛若丸が天狗に武術を教わった地として知られています。  山門は鞍馬街道に面して立っています。山門をぬけ由岐神社を越えると九十九折りとよばれる曲がりくねった急な坂が待っています。また寺院が...

貴船神社

 京都の奥座敷、貴船の山間に立つ貴船神社は、平安遷都以前に創建されたと伝えられており、神武天皇の母・玉依姫が、浪花から水源をもとめて黄船に乗って、淀川・賀茂川・貴船川をさかのぼり、当地に上陸し、水神を祭ったのが始まりといわれています。その後も都の水源ともいわれる鴨川の源流である貴船川沿いにあるため、...

実光院

 三千院の北側に位置する実光院は、勝林院の子院として建立されました。大原の里は古くから天台声明(てんだいしょうみょう)の修行の地であり、天台声明を伝承するために建てた寺院といわれています。  ここの庭園は二つの趣の異なった庭園があります。一つ目は客殿の南側にある「契心園」と呼ばれる池泉鑑賞式庭園で、...

三千院

 延暦7年(788)に伝教大師・最澄が比叡山に庵を結び、東塔に一堂を建立したのが始まりと言われています。現在の地に移転したのは応仁の乱の終結後だそうです。 広大な敷地の境内には紅葉風景が満載で、紅葉の名所として名高いです。  三千院には有清園・聚碧園と呼ばれる二つの美しい庭園があります。ひっそりと佇...

宝泉院

勝林院の塔頭として建立されました。大原の里は古くから天台声明(てんだいしょうみょう)の修行の地であり実光院とともに天台声明を伝承するために建てた寺院といわれています。 小さな寺院ですが、ここの庭園は額縁庭園として名が高く有名です。庭園には樹齢500余年と言われる五葉松があり、書院の奥に座し、庭園を...

阿弥陀寺

 大原の北のはずれにある阿弥陀寺は慶長14年(1609)に木喰上人が開いた念仏道場といわれています。現在も変わらず、当時の趣を持っている寺院です。  中国風山門から本堂までの参道には数多くの楓があり、紅葉の森をつくり出しています。その数の多さ、美しさから、そして天然記念物であるイロハモミジの大木など...

龍安寺

 世界文化遺産に指定されています龍安寺は、宝徳2年(1450)管領の細川勝元が貴族の徳大寺家の別荘を譲り受け、妙心寺の義天玄承禅師を開山として創建したといわれています。  広域な境内にはたくさんのカエデが植栽されており、秋になると紅葉一色に染まります。紅葉の名所として恥じない美しい景観です。  名勝...

仁和寺

世界文化遺産に指定されています仁和寺は、 仁和2年(886)光孝天皇の勅願により起工され、 2年後、その遺志を継いだ宇多天皇によって完成した真言宗御室派の総本山です。 以後、格式高い門跡寺院として栄え、別名御室御所とも呼ばれました。 「御室の桜」で有名な仁和寺ですが、紅葉も大変美しく、その評価は高い...

等持院

足利将軍家の菩提寺で、暦応2年(1339)足利尊氏が御所の近くに等持寺を創建しました。 その2年後、夢窓国師を招き現在の地に別院の北等持寺を創建しました。 尊氏の死後、その墓所となり、等持院と改めたといわれています。 当時には何カ所も紅葉の見所があります。前庭、方丈南庭、心字池庭園。 方丈南庭の紅葉...

大法院

妙心寺塔頭の一つである大法院は、寛永2年(1625)に創建された真田家ゆかりの寺で、真田家一族や、 幕末の兵法学者・佐久間象山のお墓があります。普段は公開されていない寺院ですが、春の新緑、秋の紅葉の時期には公開されます。 自然を生かした路地風庭園には樹木がたくさん生い茂り、とても落ち着く優しい庭園に...

桂春院

妙心寺塔頭の一つである桂春院は、慶長3年(1598)織田信忠の次男、津田秀則が創建した見性院が始まりといわれています。その後、寛永9年(1632)美濃の豪族・石河壱岐守貞政が父の菩提を弔うため建物を整え、名を「桂春院」と改めました。  境内には、「清浄の庭」、「思惟の庭」、「真如の庭」、「佗の庭」...

法金剛院

 平安時代初め、右大臣・清原夏野が山荘を建て、死後、双丘寺と称したことが始まりといわれています。のちに文徳天皇が大きな伽藍を建てて天安寺とし、さらにのち、大治5年(1130)鳥羽天皇の中宮・待賢門院が再興し法金剛院としました。その後、鎌倉時代、円覚上人が更に復興し、現在に至っているそうです。  JR...

西明寺

西明寺は、槇尾山と号し、高雄山・神護寺、栂尾山・高山寺と共に 三尾の名刹の一つとして知られています。 天長年間(824~833)に弘法大師の高弟智泉大徳が 神護寺の別院として創建したことはじまるといわれています。 荒廃後、建治年間(1275~1278)に自性上人によって再興されました。 門前には清滝...

高山寺

世界文化遺産である高山寺は奈良時代、宝亀5年(774)光仁天皇の勅願で、比叡山の尊意僧正によって開創されたといわれています。鎌倉時代の建永元年(1206)明恵上人が、後鳥羽上皇の院宣を拝して再興し、学問と美術の場として知られるようになりました。  見所はやはり国宝である石水院の西側に位置する庭園。...

宗蓮寺

室町時代末期、円誉上人が小堂を築いたのがはじまりといわれています。浄土宗捨世派に属し、里人の信仰をあつめてきたそうです。  北山杉で知られる中川の里にあります。そこは町中からはずれた閑静なところで、北山の冷気と、時雨によって、色鮮やかに紅葉しています。色鮮やかな紅葉と北山杉の取り合わせが妙で豪華さ...

高台寺

 高台寺は豊臣秀吉の正室・北政所ねねが、秀吉の菩提を弔うため、徳川家康の協力を得て慶弔11年(1606)に創建しました。境内には重要文化財の伽藍が多く点在しています。  紅葉の秋景色は格調高く、有名であり、多くの観光客で賑わいます。見所は臥龍池のほとりの紅葉でしょう。また、夜間ライトアップされる紅葉...

圓徳院

 圓徳院は高台寺の塔頭のひとつで、高台寺創建に際してその門前に北政所ねねが、伏見城の化粧殿と前庭を移築し、晩年を過ごしたといわれています。  方丈庭園、南庭の紅葉もすばらしいですが、特にすばらしい景色は、北庭・化粧御殿の庭園です。枯山水の庭園は、大きな岩石が特徴で力強さを感じます。そこに、華麗な紅葉...

清水寺

 世界文化遺産である清水寺は宝亀9年(778)、延鎮上人が音羽の滝近くに草庵を結んだことがはじまりといわれています。今でも境内にある「音羽の滝」の清水で坂上田村麻呂が喉を潤し、延鎮上人に帰依したことからこの名が付いたということです。  大変有名な「清水の舞台」。そこからは京都の町が一望でき、眼下には...

愛宕念仏寺

愛宕神社の一の鳥居から清滝へ向かう途中にある天台宗の古刹。町より一足早い秋が奥嵯峨に巡ってくると、寺全体が背後の錦繍の山に抱きすくめられたような景観に変わる。 境内は80本もの華麗なイロハモミジに彩られ、本堂前から多宝塔へ向かう道沿いに、一般の参拝者の手で彫られた表情豊かな1200体もの羅漢が並ぶ...

祇王寺

平家物語に登場するヒロインゆかりの寺。平清盛に寵愛された白拍子の祇王と母、妹、そして恋敵の仏御前が世の無常を感じて出家し、この寺に隠棲して念仏三昧の余生を送ったことで知られる。彼女たちが身を寄せた当時は、法然上人の弟子によって創建された往生院という寺であったが、明治時代に「平家物語」の遺跡として復...

常寂光寺

「常寂光土のごとし」と、その静寂な趣から寺の名前がつけられたという常寂光寺。 小倉山を背にして、竹林や鬱蒼とした木々に囲まれた常寂光寺は、京都屈指の紅葉の名所です。 境内や寺の周辺を彩るカエデは200本ほど。イロハモミジ、ヤマモミジに加えてヤマザクラやハギ、ヤマブキなどが紅や黄色の濃淡で織り上げる...

大河内山荘

 野々宮神社から常寂光寺へ至る、いかにも嵯峨野らしい風情をたたえる竹林の道をゆくと、大河内山荘の門が見えてくる。  大正から昭和にかけて銀幕で活躍した時代劇スターの大河内伝次郎は、嵯峨野の景勝に魅せられて約6000坪の敷地を購入、この地に山荘を築いた。34歳で着手し64歳で亡くなるまで、じつに30年...

天龍寺

 臨済宗天龍寺派の大本山で、京都五山の第一位という格式を誇る天龍寺は、京都屈指の名刹です。暦応2年(1339)吉野で亡くなった後醍醐天皇をの菩薩を弔うため、天皇の離宮、亀山殿があったところに、足利尊氏が夢窓国師を開山として建立した寺です。尊氏は建立の際、資金調達のため、中国の元との公認の貿易船「天龍...

宝厳院

天龍寺と嵐山の間にある、臨済宗天龍寺派大本山天龍寺の塔頭寺院(同じ敷地内にある子院)のひとつ。長い間非公開の寺院だったが、庭園を整備し、2004年、140年ぶりに春と秋の一定の期間のみ公開されるようになった。 秋には300本近いカエデをはじめドウダンツツジ、サクラ、ボケ、アケビ、ミヤマツツジなどが...


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